独立行政法人 労働者健康安全機構 熊本労災病院

院長挨拶

 新年あけましておめでとうございます。寒さは厳しいですが、熊本は比較的太陽の覗く時間が多い新年となりました。年末に、久しぶりに長野や新潟に行く機会がありました。学生時代に時々行った穂高連峰などがきれいに見える天気に恵まれ、もう二度と行けない冬山の光景を思い出していました。思えば50年前、ちょうど今の季節、風の音やピッケルとアイゼンの刺さるぎゅっぎゅっという音だけの真っ白な氷雪の世界は、厳しくも天国のように記憶に残っています。低タンパクでむくんで下山して久しぶりに飲んだ牛乳のなんと美味しかったこと!

 新潟では、施設入所の年老いた母に、短時間面会できました。面会用の場所に職員のかたが母を連れてこられ、さりげなく、2方向のドアを開放して換気促進をされていました。限られた時間の中で、私の子供たちとテレビ会議でつなぐと、母は、孫やひ孫をうれしそうに見ていました。ひ孫のほうは、まだ、「この人一体誰?」、という感じでしたが、対面でないぶん、人見知りもなく、むしろ自由な会話を生むようです。しかし、人のぬくもりや息づかいなどの実存感は、おそらくコミュニケーション能力の醸成に必須なものと思われ、はやく懸念なく人と直接会うことができる日が来ないかと願います。当院は、時間と人数は制限をしつつ、面会は認めています。全国感染者数は不気味に増加し、熊本にも広がることは想定しつつも、メリハリのある面会規制をしたいと思います。

 年賀状を整理しておられるかたも多いでしょう。今年は、年末に、「今年より、年賀のご挨拶を欠礼いたします」、という、複数の病院などからのお手紙をいただきました。個人の年賀状でも、「今年を最後にしたい」や「メールを使うことにします」、というものも増えました。一考する時期なのかもしれません。ただ、私個人としての年賀状のやり取りは多くの患者様を含んでおり、安否確認やフォローアップの意味は小さくありません。この年になると、小学校や中学校の同級生にもその面があります。私は、少なくとも、直近の熊本大学を含めて7カ所くらいの国内あちこちの病院での外科勤務経験があり、それぞれで、多くのかたがたの手術をさせていただいてきました。自分自身での駆け出しのころの執刀例も当然あります。治療機会を与えて下さった患者様たちに、本当に心から感謝しています。そんな中、小児外科術後患者様からの「結婚しました」、「子供ができました」、といううれしい知らせが年賀状になって届くことは少なくありません。写真付きで顔が見えるときは、もう数十年もあっていない、赤ちゃんの時に手術したあの子が、としばし感慨に浸ります。例えば、生まれてすぐ、瀕死の状態でNICUに運ばれてきた子がいました。おなかはパンパンに膨れ、どす黒く変色しています。胎便性腹膜炎という病気で、もう少し遅ければまず救命できないケースでしたが、幸い数次にわたる手術で完治し、今は二人の子のお母さんとしてがんばっているその子と、そのお父さんからも毎年年賀状が来ます。保存してあるその子の手術・退院記録を見直して、よくぞここまで成長して、と思いました。近況だけではなく、さらっと悩みが書かれていることもあります。医療に導くことが必要にもなりますが、そうやって頼っていただくのも医者冥利につきます。一方で、年末には、長く年賀状をやり取りしていた肝移植後患者様のご親族から、訃報と年賀欠礼はがきも複数届きました。移植をしていた時期から時間が経つにつれて、そのようなお知らせは年々増えています。長く経ってくると、肝臓とは関係のない病気で亡くなることが多く、天寿を全うしていただいたとも言えますが、やはり、年余に及ぶ免疫抑制剤が何らかの影響を及ぼしていないのか、などと懸念もしてしまいます。何年もの間のやり取りを思い返しながら、翌年からの失礼がないように住所録を整理しますが、その後、ご遺族とさらに長年のやり取りを続けることもあります。愛する人を看取った医師に年賀状を送る、そのときには、きっと患者様のことを深く思っているのだろうと思います。法事と並ぶような、故人の思い起こしの機会になるのかもしれません。一方、亡くなられた患者様のご遺族の中では、その結果に「これで良かったんだろうか」という思いを抱き続けているかたも少なくないであろう事も、医師として改めて自戒をこめて思い起こさねばなりません。

 私たちは、患者様やその後のご家族の一生に関わる仕事をしています。当たり前のことですが、たとえ働き方改革の時代でも、日々、どんなときであっても医療に最善を尽くすことが、求められる唯一のことと思っています。

 一年の計をたてる時期ですが、どうしても過去にとらわれ、思い出だけに浸ってしまいがちな年齢になりました。もう長くないであろうとは思いますが、もう一度先をみて、医師の心を失わないように、今委ねられている仕事、すなわち、病院運営全般に、職員一同とともにがんばりたいと存じます。変わらぬ、ご支援、ご指導をよろしくお願いいたします。

猪股裕紀洋
熊本労災病院 院長 猪股裕紀洋
熊本労災病院 院長

猪股 裕紀洋

略歴

1977
京都大学医学部卒業
1983
国立小児病院レジデント
1987
京都大学大学院卒業 医学博士(京都大学)
1991
アイオワ大学外科留学
1996
京都大学大学院助教授
2000
熊本大学医学部附属病院小児外科教授
2005
熊本大学大学院教授(小児外科学・移植外科学)
2009-2013
熊本大学医学部附属病院 病院長
2017
熊本労災病院 院長

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